私の本心は「どんどんレベルを上げていかないと、本当にパソコンなぞ使えるものではない。」、それに、「パソコンを学ぼうとすると、パソコン以外のことを広範囲に学ぶ必要が、必ず生じてくる。」であったからです。
私が30歳代の半ばの頃、「パソコン通信」で知り合った方に紹介され、加入することなった<98+2>PC-100ユーザーズクラブは、当時、主流になっていたPC-98の「違法コピーソフトパソコンクラブ」が多く存在した中、まじめにパソコンを学ぶ人々が数多く集まっていた数少ない全国ネットの正統派ユーザーズクラブでした。
<98+2>PC-100ユーザーズクラブの活動は、メンバが作成したプログラム等を収録したFD会報の不定期発行、当時日本ではまだ流通していなかったシェアウェア・フリーウェア(特にファイル圧縮解凍ソフトをいち早く使えたのはかなり助かった)の提供、本体改造のためのパーツの共同購入(2DDFDドライブ、第二水準漢字ROM、1MBFDドライブ、ハードディスク)、NECと交渉し、文節変換ソフトVJEを発売させたり、パソコン通信「PC-VAN」上で「PC-100ボード」を運営し情報交換の場所を作った。等々。そこらのパソコンクラブでは不可能なことをやってのけていました。そして最終的に「PC-100の本」を自費出版までしているのです。
これは、PC-100 (写真)がマイナーな機種であったことが幸いしたのかもしれません。ソフト・ハードのプロ、それ以外にも、色々な分野の専門家も加入されていたことには本当に驚かされました。プロの方々は、PC-100は時期尚早の先進のグラフィック機能を持っており、これを将来的に使っていこうとして加入されていたのではないかと思います。
専門学校でコンピュータを学んだことのある私ですが、パソコン利用についてすごく幅が広がりました。私流のパソコン利用法を確立したのはこの頃です。フランチャイズのパソコン塾脱退時に、これを思い出し、パソコンを学ぶなら、「パソコン教室」ではなく、このようなレベルの高い人が加入している「パソコンクラブ」で学ぶ方が出来るようになると意味を込め、「ABCパソコンクラブ」と命名しました。
もし、「本当にパソコンを勉強したい」という要望が多く集まれば、色々な分野で活躍されている元<98+2>PC-100ユーザーズクラブのメンバを講師として招聘し、会合を開くことも可能かなと思っています。